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おすすめの本の紹介 ⑦

柚木麻子のまっとうな読まされ方 しめのゆき

 

 柚木麻子には、はぐらかされてばかりいる。読み始めから気が抜けない。この話は明るいのか? 暗いのか? そこからまったく油断ならず、上下左右に揺さぶられて、着地点が見えそうで見えない。最後はしっかり涙まで流させられて、感動させられ、まんまと作者の手の上で転がされている。それが柚木麻子のまっとうな読まされ方だ。

『本屋さんのダイアナ』(新潮社)は、家庭に恵まれない少女が、腹心の友を得て、自分の力と感性で精一杯、おとなになっていく物語――どこかで、聞いたことが……?

 そう、この小説は『赤毛のアン』(モンゴメリ著)を下敷きにしている。主人公の名前は、ダイアナ。今流行りのドキュンネームで、よりによって競馬好きの、生まれてこの方会ったこともない父親が、大穴(おおあな)を当てることを夢見てつけた名前だ。水商売で母一人、子一人の生活を支える母親の商売ネームは、ティアラ。キラキラしかしていない、頭が空っぽの母親と、この名前のせいでろくな人間関係を築けないと悲劇のヒロインになっているダイアナの前に、ダイアナが求めても手に入らない暮らしをやすやすと送っている清楚な少女、彩子(アンにあたる)が現れる。

 二視点で進む物語は、小学校を卒業すると同時に二人が交わることは無い。だが、読者は、二人の結びつきを信じて疑わない。その要因のひとつに、本がある。『アン』以外にも要所要所で登場する『若草物語』『風と共に去りぬ』『悲しみよ、こんにちは』など古典文学のエッセンスを共有する二人と、読者自身もまた、自分の読書体験を通じて、結びつきを深めていくのだから(もちろんこれらをすべて読んだことがなくても、まったく問題ない)。そして、ダイアナと同じ名前の主人公が登場する、作中作が、すべてをつなぐ、とても大事なカギを握っている。

 と、こんな紹介が、まったく意味をなさないほどの展開をぜひ読んでみてもらいたい。そして、この作品を気に入って、ほかの柚木作品に手を出した時、「え? これ同じ作家さん?」という大きな驚きに出会えることも、間違いない。

  

 

2020/05/16