講座ブログ

2020年05月

おすすめの本の紹介 ⑧

今こそ読破を   石井英行 

『失われた時を求めて』マルセル・プルースト 

 これをテキストに挙げることに、今更何を、と思われるかもしれない。しかし、待ってほしい。というのは、忌々しいほどに長いこの小説を、いったい何人の人が通読しているだろうか。多くの人たちが途中で、いや、数ページで挫折していることを知っている。だから今、プルーストなのだ。かく言うぼくも、実は二度挫折している。

 「この世界には、二種類の人間がいる。それは失われた時を求めてを読んだことのある人間と、読んだことのない人間である」一度目の挫折の後の高校を卒業する頃だから、今では思い出しようもないのだが、何かの記事でこんな趣旨の文章を読んだ。今にして思えば全くばかばかしいレトリックなのだが、本好きの青少年にとっては何とも刺激的なプロパガンダであった。

 そのころ(1960年代後半)、出版の世界では「○○全集」「○○百科事典」と言うのがたくさん出ていた。今でも個人全集は引きを切らないが、その頃はぼくも少ない小遣いの中から、毎月発売になる世界文学全集を購読していた。全巻を予約していたので、黙っていても家に届く。本屋さんが配達してくれていたんですね。良い時代だったなあ。支払いはその時に現金。ぼくは昼間は留守なので、受取りの時は、祖父母が立て替えてくれていた。毎回とはいかなかったが時々はちゃっかりと踏み倒した。まあ、かわいい孫であるし、よく本を読む高校生は祖父母の自慢でもあったから、言ってみれば祖父母孝行であったかもしれない、と勝手な理屈を付けている。閑話休題。

 その中の一冊に「花咲く乙女のかげに」が有った。題名もなんとなくロマンチックであったので、さっそく読んでみた。ところがさっぱり分からない。話しは進まないし情景ばかりがやけに詳しく書かれているが、そのイメージは全く湧いてこない。しかも解説をよく読むと、それは長い長い物語の途中の話しではないか。それなら最初から読めばもう少し理解出来るはずだ、と思い、翌日さっそく学校の図書館へ行ってみると、十数巻がズラリと並んでいるではないか。意気込んで借り出した。しかもその貸し出しカードを見るとなんと憧れの先輩の名前が記されているではないか。さっそく教室に持て来て取りかかるが、これまたさっぱり。我が家にある一巻よりもさらに分からない。回りくどい。お手上げでカバンの中にしまい込むと、あっという間に一週間だ。次の週、読んだふりをして第二巻を借りにゆき、それを取り上げて図書カードを見ると、先輩の名前がない。念のため三巻目も見てみたがやっぱりない。先輩の名前どころか全て空欄である。なあんだ、誰も借り出してはいないのだ。ホッとしたことを覚えている。

 冒頭の文章が気になっていたものだから、大学生になりたての頃、退屈な授業を抜け出して再チャレンジを試みた。大学の図書館へ。しかし、挫折はすぐにやってくる。ぼくはこの世界的な名作を読める能力は持ち合わせていないのだ。そう思ってどんなに落ち込んだことか。しかも忘れもしない。図書館のシリーズは図書カードに最終刊まで同じ名前の人が借りていたのだ。それがずっとずっと心のシコリになった。

 長々と、我が読書遍歴を書かせてもらったのは他でもない、こんなぼくでも上手く読めた本を紹介したかったからだ。決してプルーストを解説しようという無謀な試みではない。それは、鈴木道彦の個人訳のプルーストである。集英社から出ている。鈴木氏はきっとぼくのような多くの挫折者を見てきているに違いない。それは本書の前書きを読めば分かる。あきらかに挫折者に向けて書かれている。そして編集方針を確認すればさらに納得する。そして励まされもする。

 まずは巻末の細かな注釈だ、これが心憎い。「桃太郎」だとか「サザエさん」といえば誰でも知っている。だけど物語の中に突然現れたらそのニュアンスは日本人にしか分からないだろう。「失われた時を求めて」には、このたぐいのフランス版桃太郎がいくらでも出てくる。何とか侯爵だとか、何とか将軍が活躍したどこどこの町、といった具合だ。しかも十九世紀末のサロンの光景や恋物語、はたまた社会現象であったり政治問題の解釈で登場してみたりする。高校生に分かりっこない。その解説が丁寧なのである。その他にも人物の紹介、家族の相関図もある。極めつけが、各巻の本当に大まかなというかざっくりとした粗筋が書いてある。これが挫折者に心強い。粗筋を書かれては読む意味がないではないかと思われるかもしれない。ところが違う、ここがこの小説の名作と言われる所以である。知っていてもなお飽きさせない展開や言い回しが待っている。なおかつ読むうちに作品の細部が見えてくるのだ。入り組んだ筋の一つ一つが俯瞰するように見えてくる。どういうマジックなのだろう。それらに導かれてぐんぐんと読める。極めつけと言ったが、鈴木氏の思いやりはそれだけではない。○巻まではわかりにくいかもしれないが頑張って読んでほしい。そこを過ぎると前半までの複雑さが次第に結びついて物語が大団円に向かってくるのが分かる。とさらに読者を励ましてくるのだ。こんな前書きを読んだことがない。鈴木氏はどれほど累々とした挫折者たちを見てきたのだろう。

 さてさて、こんなに読者を励ましてくれる鈴木氏に敬意を払おうではないか。あなたが挫折者であるならなおさらだ。と言うことでこの本をご紹介したい。読んだ側の人にぜひなって下さい。

                                                 

 

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2020/05/23

創作教室 卒業生より

ジェットコースター     スーザンももこ

2014年。絵本や創作を我流で続けていた私ですが、「42期児童文学学校、こんなのあるよ」と見つけてくれたのは主人でした。行ってみようかなと、(失礼ながら)カルチャーセンター気分で申込みましたが、入ってみたら、真剣にとりくむ多くの背中と、その前方に著名な講師の方々の、貴重でするどい講評に圧倒されっぱなし。

そして、そこで「合評」というものを知りました。それまで、作家とは電気スタンドの下、ひとり黙々と書くものと思っていたのです。

「え? 自分の作品を読まれるの? ほかの人のを読むの? みんなの前で意見を交わす?」それってまな板の上の鯉……、としか思えませんでした。

でも、それが、私の新しい道のスタートでした。文学学校と、その後の創作教室も2期受講し、「合評」を知り、「仲間」に出会ったのです。

今もその仲間と続く「合評」は、とても厳しいものです。ほめられては舞い上がり、指摘されては地に落ち、時にはふて寝し、みんなの作品を読めば、その巧みさに感動し、そして落ち込み、違う価値観に悩み……。まるで、ジェットコースターに乗っているようです。

でも、遊園地のジェットコースターは苦手ですが、この乗り物は乗らないなんてもったいない、そんな気がします。

 もちろん、作品と向き合うのは孤独に一人ですが、文学学校、創作教室がなかったら、今の自分はないと断言できます。この縁をみつけてくれた主人に感謝しつつ、これからも作品を書いていきます。

 最後に、このコロナ自粛の下、何かできないかと、新しいチャレンジを。本当は、手に取る紙の本のその質感、大きさ、そこも大好きなのですが、何かとオンラインになっていく今、日本児童文学に掲載された自分の掌編から、読み聞かせ絵本を自作し、なんとYouTubeにアップしてみました。指導してくれたのは“Google先生“。試行錯誤ですべて自作の、あか抜けないものです。お恥ずかしいですが、よろしければ覗いてください……。

「スーザンの読み聞かせのお部屋」(まだ1冊しかないお部屋ですが)

https://www.youtube.com/channel/UCCaSUeL18Hyr1aBqqZ9NNTg?view_as=subscriber

 このブログで、皆さんからこのご紹介いただいた本も、手に取ってみたいものがたくさんあり、楽しみです。ありがとうございました。

 

 

 

 

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2020/05/20

おすすめの本の紹介 ⑦

柚木麻子のまっとうな読まされ方 しめのゆき

 

 柚木麻子には、はぐらかされてばかりいる。読み始めから気が抜けない。この話は明るいのか? 暗いのか? そこからまったく油断ならず、上下左右に揺さぶられて、着地点が見えそうで見えない。最後はしっかり涙まで流させられて、感動させられ、まんまと作者の手の上で転がされている。それが柚木麻子のまっとうな読まされ方だ。

『本屋さんのダイアナ』(新潮社)は、家庭に恵まれない少女が、腹心の友を得て、自分の力と感性で精一杯、おとなになっていく物語――どこかで、聞いたことが……?

 そう、この小説は『赤毛のアン』(モンゴメリ著)を下敷きにしている。主人公の名前は、ダイアナ。今流行りのドキュンネームで、よりによって競馬好きの、生まれてこの方会ったこともない父親が、大穴(おおあな)を当てることを夢見てつけた名前だ。水商売で母一人、子一人の生活を支える母親の商売ネームは、ティアラ。キラキラしかしていない、頭が空っぽの母親と、この名前のせいでろくな人間関係を築けないと悲劇のヒロインになっているダイアナの前に、ダイアナが求めても手に入らない暮らしをやすやすと送っている清楚な少女、彩子(アンにあたる)が現れる。

 二視点で進む物語は、小学校を卒業すると同時に二人が交わることは無い。だが、読者は、二人の結びつきを信じて疑わない。その要因のひとつに、本がある。『アン』以外にも要所要所で登場する『若草物語』『風と共に去りぬ』『悲しみよ、こんにちは』など古典文学のエッセンスを共有する二人と、読者自身もまた、自分の読書体験を通じて、結びつきを深めていくのだから(もちろんこれらをすべて読んだことがなくても、まったく問題ない)。そして、ダイアナと同じ名前の主人公が登場する、作中作が、すべてをつなぐ、とても大事なカギを握っている。

 と、こんな紹介が、まったく意味をなさないほどの展開をぜひ読んでみてもらいたい。そして、この作品を気に入って、ほかの柚木作品に手を出した時、「え? これ同じ作家さん?」という大きな驚きに出会えることも、間違いない。

  

 

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2020/05/16

おすすめの本の紹介⑥

元気になれる小説   赤羽じゅんこ

 

自粛で時間ができたら、いつもは読まない長編の小説も読みたいところです。

そんなところでわたしが紹介するのは、原田マハさんの書いた成長小説『生きる ぼくら』です。

大人向けの小説ですが、十分、児童文学的でおもしろい!!

いじめをうけ、ひきこもりの麻生人生が主人公。ある日起きたら、いつもご飯をつくってくれたお母さんがいなくなっていました。

「わたしはもう、疲れ果ててしまいました。」という書き置きと、この中のだれかと連絡をとって、生きていってくださいと年賀状の束をのこして。

人生は、その中から蓼科に住むおばあちゃんのところに行くことにしまいた。昔、何度もいったことがあるからです。

しかし、蓼科に着くと、おばあちゃんは認知症で、おまけに知らない女の人がおばあちゃんと住んでいて・・・・。

そんな出だしてどうなるのかとぐいぐい引きこんで読ませてくれます。

蓼科の風景がまたきれい。御射鹿池という東山魁夷の絵になった場所も出てきます。

 

わたしがこの本と出会ったのは、昨年の中学生ビブリオバトルの決勝戦大会。残念ながらチャンプ本にはなれませんでした。

しかし、決勝戦に残った6人ほどの中で、わたしはこの本に一番ひかれ、読んでみたいと思って即、購入しました。

だけど、ずっとそのまま、机に積んでおくまま。忙しさにまぎれて、最後まで読めずにいました。

巣ごもりになって、一気読み! 長編の成長小説を読み終えると、やったー、読書したという、感動が味わえます。

読み出したら、小説の世界にどっぷりつかって、人生くんといっしょに、愕然としたり、悲しんだり、喜んだり。いろんな感情が味わえます。また、蓼科の山々が目の前にうかんできます。おいしい空気を深呼吸したような、旅にでたような気持ちになります。

今、田んぼで稲が穂をのばす時期。この本を読むのに、ぴったりの季節ですよね。

ぜひ、読んでみてください。

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2020/05/09

おすすめの本の紹介 ⑤

「川べ」へ帰るとき 大澤桃代

 

  心が不安に揺れるとき、ざわついて乱れるとき、戻りたい場所があります。帰りたい世界があります。

 それがケネス・グレーアム作、石井桃子訳の『たのしい川べ』す。この一見地味なファンタジー小説は、川べで生まれ育ったわたしにとって、ファンタジーというよりリアルに近いもので、一ある種の精神安定剤となっているのかもしれません。

 このお話は、動物と人間が共存する世界です。モグラの出立で始まり、ネズミとの友情、大金持でわがままなヒキガエルの冒険を経て、アナグマの策略によりヒキガエルの屋敷が取り戻されるまでが描かれています。

 デフォルメされた動物たちが、人間界での役割を引き受けているのは確かですし、そういった読み方も大変興味深いですが、分析や考察は他の方にお任せしましょう。わたしがこのお話から受け取るものは、お話そのものの面白さと、自然界への畏怖、尊敬、感謝、愛情ですから。

 お話は情景描写をふんだんに盛り込みつつ、ゆっくりと進みます。モグラが初めて出会う川の流れ、その描写は新鮮な驚きに溢れていて、何回読んでも飽くことがありません。このテンポが心地良いのです。

 特筆すべきは「あかつきのパン笛」の章です。石井桃子よれば、後で書き足された章で、賛否両論あるようですが、わたしは一番好きです。モグラとネズミがカワウソの子を探し、その子が「パンの神」に守られ無事でいることがわかる場面は、激しくも静かで優美で厳かです。そして最後にパンの神の与える「おくりもの」、その深すぎる配慮にはため息しか出ません。

 このお話は、もともと作者のケネスが幼い息子さんのために語ったものを起こしたものです。息子さんはヒキガエルのところが大好きで、喜んで聞いていたといいます。そこで、わたしも我が子らに聞かせました。そうです、寝る前の読み聞かせです。結果、三分もたたず子どもらは爆睡、いつまでたってもネズミさんにもヒキガエルさんにも会えませんでした。しかも、まったく覚えていないようです。一方わたしはわたしで、夢中になって読んでいて子らが寝たことにも気が付かず……この親にしてこの子らありです。

 ?十年も前の良き思い出です。

 

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2020/05/02