藤田のぼるの理事長ブログ

73、夏は好きですか?~泳げない夏~(2022,7,5)

【猛暑お見舞い】

・前回は「合併号」にさせていただきましたが、書いたのが随分前のような気がします。20日だから、そんなでもないのに、ひょっとして「猛暑」の始まる前だったのかな。改めて調べてみたら、観測史上一番早いと言われた梅雨明けが27日だったんですね。そして、一昨日までのすごい暑さ……。僕の住んでいる坂戸市は、埼玉県の真ん中辺、この頃猛暑ポイントとしてニュースに出てくる鳩山町は隣ですから、東京都心よりも2、3度高いのです。

 二歳の孫が来ていて、去年買ったゴムプールを作りました。娘たちが小さい時は市のプールにもよく行きましたが、今年は公営プールはオープンするのかな? 去年、一昨年はコロナで学校も含めてプールは使えなかったでしょうから、子どもたちもかわいそうでしたね。

 さて、そのゴムプールを膨らませながら、子ども時代のことを思いだしたりしました。よく「好きな季節は?」という質問がありますが、今はこの猛暑で夏が好きという人は少ないでしょうが、かつては子どもなら「夏が好き」と答える子が多かったのではないでしょうか。僕は夏は嫌いでした。

・理由は、泳げなかったから。1950年代の秋田の農村でしたから、プールなどというものはなく、泳ぐのは川。僕はもともとアウトドアな子どもではなかったし、小さい頃ならともかく、中学年くらいになると、泳げなければ、カッコ悪くて川にはいけません。だから、夏休みでも大体家の中にいて、日に焼けません。夏休み明けに、なまっちろい顔で学校に行くのは、はずかしいというか、いささかゆううつでした。

【先生になった時】

・それでも、まあ子ども時代は、それで済んだわけですが、問題は、大学を卒業して、小学校の教員になった時でした。秋田県の採用試験の時だったと思いますが、「何メートル泳げるか」を書く欄があって、「25メートル(だったか)」と、控えめな嘘を書きましたが、これはどうせ落ちるだろうと思っていたので、ノープログラム。問題は、東京の私立小学校に就職が決まった時でした。

 なにしろ50年前の話で、この私立小学校にはプールがなかったのです。助かった!と思いました。ところが、やはり小学校でのプール指導は必須科目。それで、この学校では、4年生以上は夏休みに長野県蓼科のプール付きのホテルに4泊くらいだったか宿泊して、ここでみっちりプール指導をするというのです。

 あわてました。採用の時は「泳げますか?」と聞かれもしませんでした。あまりに当然のことだからでしょう。夏休みまで三ヵ月余り、そこまでなんとか泳げるようにしなければなりません。当時は今と違って、スイミングクラブのような施設はあまりない時代です。そしたら、たまたま新聞で、大人向けの水泳教室というのを見つけたのです。場所は千駄ヶ谷の神宮プールで(今もあるのでしょうか)、一週間に1回だったか二週間に1回だったか、全体で5、6回くらいの教室だったと思います。当時流行りつつあった「ドル平泳法」というスタイルの教室で、行ってみたら、20人位だったか、もう少し多かったか。

・ドル平泳法というのは、足はドルフィンキック、手は平泳ぎの形で、これが一番体に抵抗がないという「理論」に基づいた指導方法でした。それで、泳げない人というのは水の中で目が開けられないというのが共通するパターンで、まずは水の中で目が開けられるようにしよう、ということなのですが、これがなかなかできません。当時はアパートに一人暮しでしたが、家に帰ってからも、洗面器に顔をつけたり、必死の?努力でした。

・結果的にはちゃんと「泳げる」までにはいかなかったものの、なんとか浮くようにはなり、バタ足で少し進む程度にはなりました。ですから、夏休みの水泳指導の時には、「水泳はあまり得意ではないんです」とか言いながら、なんとかごまかせました。その後、子どもも生まれ、一緒にプールに行ったりしているうちに、平泳ぎなら25メートルくらいは泳げるようになりましたが、クロールの息継ぎはいまだにできません。それでも、神宮プールでの特訓のおかげで、子どもをプールに連れて行くのは嫌ではなくなりましたし、子ども時代に比べると、夏は(猛暑はともかく)そんなに嫌いでもなくなったかもしれません。

2022/07/05